スキル『ピカチュウトーク』を開発した株式会社ポケモンの新藤貴行氏と小川慧氏に、スキル開発の過程や工夫した点、今後の展望などを伺いました。
新藤貴行氏 ディレクター(プラットフォーム戦略室 室長、ポケモンXアート推進室、プロジェクトイーブイ)
小川慧氏 マネジャー プロダクトエンジニア(Pokémon GO推進室、プラットフォーム戦略室、ポケモンXアート推進室)
― Amazon Alexaでスキルを作ろうと思ったきっかけを教えてください
新藤:もともとは昨年6月に米国に出張した際に、お店にAmazon Echoがたくさんあるのを見て。それを試しに買ってみたところ、面白いと思ったことです。子どもやみんなが抵抗なく音声で使えることに可能性を感じ、7月には開発をスタートしました。
― 株式会社ポケモンとしての狙いは何でしょうか
新藤:会社の方針として、新しい技術には積極的に取り組む、というのがまずあります。AIスピーカーでも何かやろうというのでは一致していました。加えて、ユーザーとのタッチポイントを増やすこと、一番自然な「声」というインターフェースで、大人からまだ文字の読めないお子さんにまでポケモンに触れていただける、という点にも注目しました。
― 最初はどのような構想を持っていましたか
新藤:ポケモン図鑑、ポケモンしりとり、天気予報など、色々アイデアが出ました。しりとりはモックまで作りましたが、海外展開が難しいので、もっとシンプルに行こう、ということになりました。
小川:たとえば、スマートフォンが出回り始めたころ、ビールを飲むだけのシンプルなアプリがはやっていたのですが、同じようにプラットフォームの黎明期は、誰も使えるようにシンプルな方がいいと思いました。ただ、シンプルとはいっても、ランダムにピカピカいうだけではAIである必要がない。ピカチュウが生きているように感じられるようにすることに、力を入れました。
― 具体的にはどのような工夫をしましたか
小川:ユーザーのどういう言葉に反応すべきか、ピカチュウのどういう反応が返ってくると楽しいか、の2点で、ありとあらゆるパターンの台本を作りました。とにかく量が勝負、と考えていましたが、「ポケモン言えるかな?」で作詞を担当されている戸田昭吾さんが、想像をはるかに上回るものすごい量のパターンを作ってきてくれました。ユーザーとのそれまでのやり取りによって、ピカチュウとの親密度が増すなどのシナリオも入れています。同じ発話に対しても、元気な「ピカ」とそっけない「ピカ」があったり。それをピカチュウの声優さんに全部実際に演じていただいて録音しました。
新藤:そう、台本がすごかった。こういう気分でピカって言ってくださいというト書きがすべてに入っている。
小川:インテントだけで100以上あるので、大変な量です。こういう言葉にこう反応した、というのをユーザーのみなさんが探してくれるとうれしいですね。
新藤氏(左)と小川氏(右)
― ゲームを作ることは考えましたか
小川:言葉でダンジョンを進むという案も出ましたが、面白いものを作るには時間をかける必要がある。Echoの発売タイミングに合わせて、いったんはシンプルなもの、となりました。ただ、いずれ時間があれば、ちゃんと作れるな、というイメージはあります。声で前に進む、右に進む、という感じでダンジョンを進んで行く。ユーザーがすべて覚えていなくていいように、うまく絵で情報を与えるなど、課題はありますが。
― 開発で苦労したポイントはどこでしょうか
小川:デバッグです。返答がみんな「ピカ」でたくさんパターンがあるのですが、テストをしてもどの「ピカ」か分からず、合っているかがわからない(笑)。なので、音声の代わりにTTSでどのインテントかをチェックしました。これに限らず、後ろで動いているパラメーターまで確かめたりなど、TTSはデバッグ手法では重要だと思いますので、今後も活用していくつもりです。
― ポケモンとして、これまでつくってきた世界観との一致という点での議論はありましたか
小川:社内では、ピカチュウがハッピーバースデーのような人間の歌を歌ってしまってOKなのか?というような話も出ました。ゲームというあっちの世界にいるピカチュウを、こっちの世界に連れてきてしまうことになる。ギリギリの線をせめていきつつ、今回は僕らの世界にピカチュウがいたら、という立て付けだよね、という形で納得をしていきました。
― 2月末には米国をはじめとする英語圏でも『ピカチュウトーク』が公開されました。海外向けの開発はどうでしたか
小川:ピカチュウの声は世界共通で、インテントも基本的には同じものを使ったのですが、難しい点もありました。たとえば、サンプル発話で、「おはよう」のバリエーションとして「おっはー」があったとすると、このバリエーションはただの翻訳ではすまない。サンプル発話を再設定する必要があります。あと、日本ではJSTを参照して、夜はピカチュウがいびきをかいて寝ていたりと、時間帯でピカチュウの反応を変えています。これが、たとえば米国には複数のタイムゾーンがあるので、位置情報を取得しないとできない。ただ、位置情報取得の許可をユーザーから得ることは、ハードルにつながります。誰にでも気軽に使ってほしいので、この機能は海外ではなしにしました。
― 海外と日本で使われ方の差はありますか
小川:海外だと、ポケモンにかかわるゲームのキーワードが日本に比べて多い印象があります。それと比べると、日本のユーザーは、ピカチュウを生き物のようにとらえて、日常的な会話をしているのかもしれません。日本人はAlexaに対しても、「Alexaさん」というようなところがあるのかもしれないですね。
― 今回の開発経験全体を振り返ってどう思いますか
小川:そもそもVUIというのは楽をするためにあると思うので、現時点でエンタメに結び付けるのは少し矛盾しているかもしれません。だから、今回Echoに関してはシンプルにしたかった。使うのがめんどうくさいと、多分遊んでもらえないかなと。ただ、将来色んなものにVUIが使われるようになれば、楽をするためだけではなくなるかもしれません。その時には、遊びの中に食い込んで、色々なゲームもできるようになると思います。
― 今回は、その時に向けて一歩踏み出しておく、という意味もあるでしょうか
新藤:そうですね。今回試してみたことで、色々分かったことがあります。海外展開は法律的なところも含めて意外に大変だとか。
小川:AI、AIってみんな騒いでるけど、実際どうしたらいいの?という疑問に対して、実際やってみて知見の蓄積ができたのは収穫でした。意外に簡単でシンプルでしたね。
― 今後のポケモンスキルの展開は
新藤:3月23日にニンテンドー3DSで『名探偵ピカチュウ』というアドベンチャーゲームが発売されました。『名探偵ピカチュウ』に登場するのは、これまでのピカチュウと違って人間の言葉をしゃべるピカチュウです。これに合わせて、期間限定で『ピカチュウトーク』をバージョンアップしました。『名探偵ピカチュウ』をみなさんに楽しく認知していただければと思っています。次をどうするかは、それから考えていきたいと思います。
― 「電気つけて」で、「ピカ~」って言いながら電気をつけてくれる、とか、ありでしょうか?
新藤:そう、私が最初からずっと言っていて実現していないのですが、「100万ボルト」で電気が黄色く点滅するとか。技術的には可能ですよね。スマートホームは、何かあると思います。私の子どもが5歳なのですが、電気の消灯やタイマーのセットをAlexaを使ってコントロールするのを覚えました。この前は「アレクサ、ティッシュどこ?」って聞いていた(笑)。こういう風になるんだな、と。
― これからスキル開発をする開発者へのアドバイスをお願いします
小川:VUIを使うのが面倒くさくなってしまうものは、本末転倒だと思います。短い言葉でサクッと使えるもの。説明書なんて用意できないですよね。『ピカチュウトーク』はインテントを広げる方向にいきましたが、ユーティリティという意味ではインテントをしぼった方がユーザーエクスペリエンスがいいこともあると思います。
新藤:スキルを止められないというような事態もユーザーにはストレスですよね。Alexaへの言葉のかけ方も直感的な方がいい。子どもでも想像がつくか、覚えられるようなものがいいと思います。特にスマートホームでは、「呪文」が分からないと動かせない、止められない、というのはつらい。逆に魔術の呪文みたいに分かりづらくする、という遊びもあるかもしれないですけど(笑)。
小川:やっぱり、そのスキルをよく知らない人に実際に体験してもらうテストをするとよいと思います。インテントや発話を登録しても、意外に狙い通りにしゃべってくれなかったりする。ピカチュウトークも、社内でテストをやるとみんなマニアックなポケモンキーワードを試したがったりするので(笑)、できるだけポケモンに詳しくない方に試してもらうようにしました。まずは、シンプルで直感的なものから作っていくとよいのではないかと思います。
― Alexaを使って今後どのようなことができると思いますか
新藤:『ピカチュウトーク』に限らずということであれば、フィジカルなボードゲームと組み合わせると面白そう。字が読めない子どもも、音声を使って親子で一緒に遊べるかもしれません。
小川:将来、子どもという点にはもっとフォーカスしたモノづくりを考えていければと思います。Echoに限らずAlexaで動くデバイスも増えていくと思いますし、画面のあるデバイスが出てくれば、より楽しくなると思います。画面も含め、VUIで気軽に遊べるエンタメを考えていきたいですね。